2009年3月28日

人として 会社人として

私生活と仕事の人柄を一緒にしないといけないとは思わない。所詮、生きていくために金銭を得る手段として会社というグループに属しているだけで、金が余りあるほどあるならば働きたいとは思わない。金があって働くのは道楽なだけと思っている。だからこそ、そんな人に「お前達は夢が足りない」なんて言われたくない・・・
世の中、人の生き方として、綺麗よりも汚い手段を使える人の方が金銭的な幸せは貰えるのが結論であろう。

そんな中でも、人として・仕事人としてどう生きていくかを考えたときに、あなたはどれに近いですか?


A.自分に優しく、人に厳しい

B.自分に優しく、人に優しい

C.自分に厳しく、人に厳しい

D.自分に厳しく、人に優しい

 

どれが、間違っているわけでもなく、正解でもないけれども

人として生きていくことを考えると、Dの『自分に厳しく、人に優しい』であろう。誰しも楽なことを考えてしまうときに、自分自身に厳しく、それでいて人に対しては楽な道を歩ませたいと考えられるということは人として素晴らしい考え方だと思う。

仕事人として考えると、Bの『自分に優しく、人に優しい』と考える人が周りに多かったのは驚きだったが、仕事というのは納税の義務果たすため、生きていく手段として仕方なく迎合しないといけない社会という世界の中での人格形成を考えた時には、Cの『自分に厳しく、人に厳しい』という考え方が必要になってくるのだと思う。自分自身に対して厳しく思えること、人がこれから先も社会という世界の中で生きていかないといけないことを考えたときに、嫌われることを恐れずに、本当に人の事を思っているのならば厳しくなれないといけない。

言葉を口から出すことを簡単だけれども、行動に移すのは難しい。どうしても自分の事を優先に考えてしまう。だって、所詮他人の人生は他人の物

人の事を100考えることは無理でも、1だけでもいいから本気で考えられる人になりたい。目指したい。だから明日も頑張って生きよう。生きてください。

 

2009年3月25日

信用と信頼

初めて働いた会社の社長が言った言葉が今になって思い起こされる。

ロクでもない社長(会社は赤字で社員は薄給なのに自分はしっかりともらっていた。まぁ今考えれば、倒産すれば自分の借金になるんだから取れるうちは取っとくのが社長業だよなとは思えるけど)がよく言っていた言葉

「あなた達の事は『信用』はしているけど『信頼』はしていません。『信頼』される人に早くなりなさい」

その頃は、『信用』と『信頼』の違いも分からなかったので、意味が分からず「自分だけおいしい思いしているくせに、何言ってんだ!」と思っていたけれども、それから十年が過ぎてきて感じること。

 

『信用』とは『その人のやることを信じて用いること』

『信頼』とは『その人のやることは間違いないと信じているから頼ること』


言葉だけとれば、ちょっとしたニュアンスの違いなんだけども大きく意味が違う。『信用』も獲得するまでには大変な道程があった上で、用いられるようになるんだけども、それはあくまでも『用いる』ということだけで作業優先の人員としか見られていない。だけども『信頼』というのは多少なりとも最終的な決定事項を提案が出来て「これが間違いないんです」という言葉に耳を傾けてもらえるかどうかである。

人のすること、考えることは全てが正しいわけではないので、上司にも方向性について自問自答した上で、部下に確認することもある。その確認をされるという行為が『信頼』となる。

それまでには『信用』を得ることに頑張って、『信用』を得たならば『信頼』を得るためにもっと頑張ることが必要なのに、人はなぜか真っ先に『信頼』されることを望んでしまう。『信頼』されたことに対して、結果を出さなければいけない難しさ、厳しさを考えずに。1つ1つの『信頼』をこなしてこその『信頼』なのに、その難しさに対して簡単に「私には無理」と答えを出したくせに、別のことでまた『信頼』して欲しいと願っている。